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学び手について

〜水飲み場に連れてくることはできても、水を飲むかどうかはその人次第〜

”習ってみたい”と思って始めたライフワーク(武術でも何でも)を得たというのに、どう取り組んでいいか分からない人が多いですね。

”自分を過小評価もしない、過大評価もしない”
五徳に言い換えて”無知の知"

学ぶにあたって先ず必要な素養はこれです。

示された”やるべきこと”を正しく把握し(把握しようとし)、予習復習をしておく。それに対して「何度かやったけど出来ないから自分は駄目だ/自分には向いていない」とか「あぁまたこれか/もう覚えたよ」とか自分が決めるべきことではない判断を挟む。これが最もよろしくないのです。

身につけるという行為は「やってみて出来たか、出来ていないか」ではありません。何年掛かっても出来るようになるため、積み上げていく行為です。
小器用な人はサラッと形を真似ることは出来ますが、自分を過大評価しがち。それによって自分に至らない部分に真摯に向き合うことがない。故に、小手先でどうにかならない壁を崩すことができず、道半ばで挫折する訳です。(小器用な人はそれなりに出来てしまうので、挫折として受け止めず飽きたと思っていると思います。)

入門から数回の稽古で「難しいです」と深刻そうな顔をされることも結構ある訳ですが、難しいということは理解しがたい動作や結果を目の当たりにしている訳ですよね、自分は好奇心の方が刺激されるのでどうしてそうなるのかと興味がどんどん湧き、調べ上げ、失敗を繰り返しながらできるまで挑戦する訳です。勿論自分がやりたいことですから、これは努力であっても努力には感じません。

これが”水を飲む行為”だと思っています。

1.喉が渇いた(欲した/求めた)
2.水飲み場に来た/連れてきてもらった(新しい世界に飛び込んだ/指導者を得た)
3.水を飲む(求めたものを吸収しようとする自発的な行為)

2で止まっている人が多いんです。

そして驚くのは”水を飲んだら上達しますか?”という問い。
答えは”飲め”です。

エビデンスを正しく用意し、理に適った武術を教えていると我々は自負しています。
しかし”行為”はそれぞれの人のもの。
手に入れる結果も当然そうなのです。

そこを解って欲しいと思っています。

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