FC2ブログ

総本部武館開館6周年!

あっという間に6周年!

この1年を振り返ってみて、明らかに5周年とは違う組織としての安定感や力強さを感じました!
東京武館の橋本指導員やM氏は15~17年に及ぶほどの付き合い、秋田の初期メンバーもなんだかんだと8年になります。
そして、この3年で急成長を遂げた内弟子達。

古株と新進気鋭のメンバーは仲が悪いのが常だと思いますが、良い按配に棲み分けられているのが我ながら素晴らしいと感じるところ。


201884 総本部武館㊗️6周年_180806_0010_Fotor

201884 総本部武館㊗️6周年_180806_0026_Fotor
秋田は竿燈祭り、盛岡はさんさ祭りに被っていたため参加者は少なめではありますが、東京、盛岡、仙台からお祝いに駆けつけてくれた門下生達。

201884 総本部武館㊗️6周年_180806_0013_Fotor
IMG_7460_Fotor.jpg
恒例の色紙

201884 総本部武館㊗️6周年_180806_0016_Fotor
201884 総本部武館㊗️6周年_180806_0022_Fotor

截拳道実践団体Defficの理念や目指すところの共有。
「指導員を目指したいです」そんな決意を聞けたり。
突然始まるチーサゥ(笑)

良い時間を過ごせました!


201884 総本部武館㊗️6周年_180806_0028_Fotor

来年のビッグイベント”イタリア・ミラノセミナー”が大きな目標に設定されましたが、先ずは今年のイベント...
9月武館対抗戦&組手交流会
11月第3回台湾(台北)セミナー
を全力でやり切っていきたいと思います!

スポンサーサイト

50代女性 昇級審査での組手


2年前の7月に入門した50代の女性。
武術の経験はなく、対人稽古もおっかなびっくりだった彼女が今回レベル4に合格しました。
この動画はレベル4の課題、HIAを用いたマススパーリングです。


Defficではレベル毎にジークンドーの戦術が課題になっています。
レベル1 SDA 直接攻撃
レベル2 SAA 角度のついた攻撃
レベル3 ABC.PIA 複合攻撃/間接攻撃
レベル4 HIA 手を不動にしての攻撃(詠春拳の基本攻防/トラッピング)
レベル5 HIA 手を不動にしての攻撃(チーサゥ/リンシゥダイダ)
レベル6 ABD 攻撃を引き出しての迎撃
各レベルの審査では約束組手や演武、そしてマススパーリングで課題を表現します。

Deffic Number System

レベル3の課題であり、即応能力の開発や苦手なコンビネーションの克服などができるDefficのナンバーシステムの動画を紹介します!



(マイク・タイソンのナンバーシステムとは番号の配置が異なります)



こちらはカランビットナイフを持ってのナンバーシステム。
エクステンションは一連の流れでスムーズに行い、素手も臨機応変に織り交ぜます。



こちらはダガーを持ってのナンバーシステム。
打撃のみと異なり、斬る、突くの変化で対角線などのナンバーにも対応し易いと感じることができます。




最後にバストンを持ってのナンバーシステム。
近距離中距離のコントロールを意識すると、更に良い稽古方法になります。


Number Systemはマススパーリングの最中に即応することで更に能力開発をすることができます。
現在5月の昇級昇段試験に向けた稽古でこの稽古方法も濃くおこなっています!


導き手について

〜指導者として〜

学び方について書きましたので、今回は導き手について一筆。

指導者として駆け出しの時に起こりがちなのは「これを伝えないといけない」という気持ちから、学び手に余裕をもたせることを忘れてしまうということ。

山本五十六氏の名言【やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ】

に当てはめてみると 【やってみせ、言って聞かせて】に時間を掛けることが多くなりがちです。
【させてみせ】を確りとることで本人に《これ何か違うきがする》と感じさせ、一考させることが肝要。

そして《これ何か違う気がする》の《何か》が「何なのか」を的確に伝えることにより落とし込むことができるのです。
勿論、その「何なのか」が指導者に見えていないとできません。

ただ放っておけば良くない癖がついてしまう。
しかし一から十まで張り付かれては稽古がただの苦痛になってしまう。
この辺りのさじ加減は自分が稽古を通して何に苦労したのか、どう教わって分かり易いと感じたのか、などの経験が生きてきます。
故に、サラッとこなして出来てしまった人というのは出来ない人の気持ちが分からないことが多いのです。
そうすると稽古に対しての進捗を【ほめてやらねば】が出てきません。「何でこんなこともできないの?」という風に。

【ほめてやらねば】という部分は調子に乗らせようという訳ではなく「この部分は良いね、でもここはこうしないとね」という風に学び手の得た、出来た結果に対して正しく評価すれば良いのです。

総括すれば、
学び手にやるべき課題を提示し、トライ&エラーをさせて本人に疑問/問題を提起させ、解決法を伝える。出来ているその具合によって適切な評価を添える。
ということです。

〜学び手〜の話の「水を自ら飲む」という例えはトライ&エラーと問題提起の部分です。
自ら積極的に水を飲む意思の無い人に、言い換えて上達する意思の無い人に、解決策は伝えられません。
故に「この水を飲んだら上達しますか?」の問いに「飲め」と答えるしか無いわけです。

学び手について

〜水飲み場に連れてくることはできても、水を飲むかどうかはその人次第〜

”習ってみたい”と思って始めたライフワーク(武術でも何でも)を得たというのに、どう取り組んでいいか分からない人が多いですね。

”自分を過小評価もしない、過大評価もしない”
五徳に言い換えて”無知の知"

学ぶにあたって先ず必要な素養はこれです。

示された”やるべきこと”を正しく把握し(把握しようとし)、予習復習をしておく。それに対して「何度かやったけど出来ないから自分は駄目だ/自分には向いていない」とか「あぁまたこれか/もう覚えたよ」とか自分が決めるべきことではない判断を挟む。これが最もよろしくないのです。

身につけるという行為は「やってみて出来たか、出来ていないか」ではありません。何年掛かっても出来るようになるため、積み上げていく行為です。
小器用な人はサラッと形を真似ることは出来ますが、自分を過大評価しがち。それによって自分に至らない部分に真摯に向き合うことがない。故に、小手先でどうにかならない壁を崩すことができず、道半ばで挫折する訳です。(小器用な人はそれなりに出来てしまうので、挫折として受け止めず飽きたと思っていると思います。)

入門から数回の稽古で「難しいです」と深刻そうな顔をされることも結構ある訳ですが、難しいということは理解しがたい動作や結果を目の当たりにしている訳ですよね、自分は好奇心の方が刺激されるのでどうしてそうなるのかと興味がどんどん湧き、調べ上げ、失敗を繰り返しながらできるまで挑戦する訳です。勿論自分がやりたいことですから、これは努力であっても努力には感じません。

これが”水を飲む行為”だと思っています。

1.喉が渇いた(欲した/求めた)
2.水飲み場に来た/連れてきてもらった(新しい世界に飛び込んだ/指導者を得た)
3.水を飲む(求めたものを吸収しようとする自発的な行為)

2で止まっている人が多いんです。

そして驚くのは”水を飲んだら上達しますか?”という問い。
答えは”飲め”です。

エビデンスを正しく用意し、理に適った武術を教えていると我々は自負しています。
しかし”行為”はそれぞれの人のもの。
手に入れる結果も当然そうなのです。

そこを解って欲しいと思っています。

HOMENext ≫